尾藤 廣喜
(弁護士・生活保護問題対策全国会議代表幹事)
日本弁護士連合会は、この10月4日、5日、青森市で第61回人権擁護大会を開きましたが、その第3分科会では、「日本の社会保障の崩壊と再生―若者に未来を―」をテーマで議論がなされました。そこでは、学校でずっとみんなと同じ行動をとるように教育されている同調圧力、一度失敗すればもう取り返せないという進路の恐怖、そして、高い学費と生活費を賄うために始めた居酒屋のアルバイトがブラックバイトで体をこわし、辞めようとしたが店長の方がもっと過酷な労働をさせられており、自分が辞めれば店長が死んでしまうと思って辞められなかったなどの「若者の生きづらさ」の報告がなされ、「日本は死んでいる」との発言さえなされました。
しかし、「生きづらい」のは、若者だけではありません。子どもも、高齢者も、働き盛りと言われる中年世代も、障害をもつ人も、ひとり親世帯のひとり親も、非正規労働者も正規労働者も、女性も、そしてLGBTと言われる人たちも、あらゆる人々がこの国では「生きづらさ」を訴えています。
この間、相対的貧困率の推移を見ますと、全体の相対的貧困率が、2006年に15.7%(OECD35か国中28位)、2009年に16.0%(同29位)であったものが、2012年でも16.1%と依然として高く、子どもの相対的貧困率についても同じ年で14.2%、15.7%から16.3%と悪化し、ひとり親世帯の相対的貧困率は54.6%で、2世帯に1世帯以上が貧困世帯となっています。なお、最近発表された2015年の相対的貧困率が全体で15.6%、子どもで13.9%と低下したことをもって、安倍政権は、「アベノミクス」の成果であると評価していますが、現実には、貧困線自体が2004年に151万円、2009年に140万円であったものが、2014年には133万円へと大きく下降しており、この国の全体に貧困化が進んでいることによるもので、貧困化が進んでいることに変わりはありません。
非正規雇用やブラック企業の増大、低額すぎる最低賃金が、若者の貧困化を招いています。また、「働き方改革」という名の「働かせ方改革」の一括法が本年6月2日成立し、長時間労働の歯止めにならないばかりか、過労死・過労自殺の増大すら招きかねない状態になっています。さらに、若者には、高利の奨学金の負担がこれに拍車をかけています。健康格差、父母の介護負担などがさらに中年世代の貧困を深刻なものにしています。また、女性の非正規雇用率の高さや低賃金、シングル・マザーについては、離婚後の元夫からの養育費負担の不履行などによる女性の貧困の状況は依然として改善されておらず、国の施策の不十分さもそのままになっております。ひとり親世帯の相対的貧困率の際立った高さがこれを雄弁に物語っています。
高齢者には、低額すぎる年金、医療や介護の負担が重くのしかかり、先にも述べました日本の子どもの貧困の深刻さは、世界的にも注目されています。
憲法25条1項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定めています。また、25条2項では、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と定めています。
また、憲法13条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限の尊重を必要とする。」と定めています。
この国の貧困化が深刻化し、格差がますます広がっていく中で、今こそ、市民の生存権保障を実質化するために、国の責任で個人の尊厳を保障する社会保障制度の充実が強く求められています。私たちは、憲法25条、13条に基づいてこれを権利として請求できるのです。
しかし、安倍政権は、これに全く反する政策を推進し続けています。
医療では、高額で支払えない保険料、保険で給付される医療の制限のほか、患者の自己負担の大幅な増加がすでに実施され、また、今後もさらなる増加が予定されています。このため、経済的な理由で治療が遅れ死亡してしまった患者の例が後を絶ちません。介護では、要支援1、2の人たちを介護保険の利用から排除したうえ、利用料負担を2割から一部3割にさらに拡大されましたが、さらに要介護1、2の人たちをも利用から排除しようとしています。年金では、「マクロ経済スライド」により年金額が減額され、支給開始年齢のさらなる引き上げが検討されています。
また、生活保護では、2013年から3年間で平均6.5%、最大10%で総額670億円にもおよぶ生活扶助基準の引き下げ、2015年の住宅扶助基準の引き下げ、冬季加算の引き下げ、さらに、2018年からは3年間で、平均1.8%、最大5%、総額213億円の生活扶助基準の引き下げがなされようとしています。
障がい者の分野でも、障害者総合支援法が2013年4月に施行されましたが、障害者自立支援法違憲訴訟原告団と政府の間の基本合意の内容や政府の障がい者制度改革で2011年にとりまとめた障害者総合福祉法の「骨格提言」の実現には程遠い状態が続いています。神奈川県相模原市で起きました障がい者の殺傷事件の根本問題の究明、対策が行われないままであるばかりか、旧優生保護法の下での強制不妊手術による被害、さらには、国の機関による「障害者雇用の水増し」問題が次々と明らかになり、この国の障がい者施策の不十分性、欺瞞性が大きな問題となっています。
政府は、「『我が事・丸ごと』地域共生社会」の実現の名のもとに障がい者施策を推し進めようとしていますが、住民の助け合い活動と共助により課題の解決を図ろうとするだけで、社会保障における国の責任が大きく後退しているこの内容では、憲法25条に基づく制度とは到底言えません。
また、「待機児童」問題が大きな注目を集めた保育の問題でも、マスコミの関心が遠のくのにつれ、おざなりの対応で、根本対策を行わないままとなっています。
福祉、医療を担う職員の不足、処遇改善への取り組みも、遅々として進んでいません。介護報酬の改定はありましたが、「自立支援」を重視し、生活援助の制限をめざすなど、財政対策が先行しており、給付内容の充実、仕事の専門性や難しさにふさわしい賃金や労働条件の整備に役立つものにはなっておりません。
このような政策を安倍政権が続けている根本には、2012年に成立した「社会保障制度改革推進法」と2013年に成立した「社会保障改革プログラム法」があります。これらの法律は、憲法25条の理念に反して、「社会保障・社会福祉は自助、共助が基本である」との考えを柱として、しかも、その財源を消費税に求めており、権利としての社会保障の考え方、さらに、国の責任は大きく後退しています。まさに、憲法25条の空洞化を図るものです。
このような社会保障における「国の責任」の後退の理由として、「財政危機」があげられています。
しかし、安倍政権は、一方で大企業、富裕層には優遇税制を施し、一握りの富裕層に富が集中する結果を招いています。これが、格差拡大の大きな原因となっているのです。また、「タックス・ヘイブン(租税回避地)」問題は、今やどこかに忘れさられようとしています。そして、「全世代型社会保障改革」を進めるためだと称して、消費税を2019年10月1日以降、8%から10%への引き上げることを10月15日の臨時閣議で決定しました。
しかし、消費税は、本来的に低所得者に負担が重くなる逆累進性を持つものです。ですから、社会保障の財源をいうのであれば、むしろ大企業、富裕層への優遇税制の是正がまず必要です。そして、それ以上に、低所得者ほど負担の多い保険制度の矛盾を根本的に改めることが重要です。そのうえ、消費税増税分が社会保障制度の充実のために使われるとの保証は全くありません。
一方で安倍政権は、「安全保障関連法」(戦争法)を成立させ、防衛費を6年連続で増額し、2019年度の概算要求は過去最大の5兆2986円となっています。また、アメリカの言うままに、オスプレイやF35Aステルス戦闘機などの高額の武器を「爆買い」しています。
そして、3選以後、憲法9条に自衛隊を明記する「改憲」を実現したいとの声を強めています。
しかし、今、政府が行うべきことは、憲法9条を変えることではなく、9条を守り、さらに憲法25条を実質化することではないでしょうか。
防衛費の増額ではなく、社会保障費の増額ではないでしょうか。
誰もがいきいきと希望を持って生きられる社会にすることは、私たちみんなの願いです。政府が社会保障を後退させようとしている中でも、いやその情勢だからこそ、私たちの要求を集め、広く訴えることによって情勢を変えることはできます。生活保護世帯の大学進学費用の一部支給や住宅扶助費の減額廃止の実現や、各地で広がっている子ども医療の無料化の動きなどは、私たちの運動の大きな成果です。
また、高齢、障がい、保育、生活保護などの当事者が、不服申立てや年金減額違憲訴訟、生活扶助引き下げの違憲・違法性を問う「いのちのとりで裁判」に勇気を持って立ち上がっており、支援者・学者・弁護士の応援を受けて、政府に処分の取り消し、改善、改正を求める運動は大きく広がっています。
私たちは、これらの運動に参加し、応援しましょう。
また、相模原市の「やまゆり園事件」や旧優生保護法に基づく強制不妊手術に表れたような、命の大切さ、尊厳を無視した、優生思想に基づく差別を決して許さないという政治、社会に変えていくことも極めて重要です。
「社会保障・社会福祉は国の責任で!」「憲法25条を守り、活かそう!」「社会保障制度改革推進法を廃止しろ」「戦争法を廃止しろ」「立憲主義を守れ」「憲法25条を守り、活かそう!」という大きなうねりを、ここ東京だけでなく、全国すみずみまで広げていこうではありませんか。
社会保障制度の権利を確立し、その充実を求めるためには、高齢者、障がいを持つ人々、保育を求める人達、生活保護の利用者、さらには、非正規労働者、最低賃金の増額を求める人達などがお互いの主張を全国各地で交流し、つながりを広げていくことが必要です。
そのための実りある報告と学びあいができますように、この集会の成功させ、全国の仲間と連帯する必要性を皆さんに訴えて、私の基調報告と致します。